四川まみれの覚え書き

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<<   作成日時 : 2010/04/20 11:04   >>

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ぼくの住んでる街には、世界遺産があります。


2500年くらい前に戦国時代の秦から派遣された李冰・李二郎親子によって造られたダムで、都江堰と呼ばれるものです。先週土曜日は成都に行かずに、その都江堰を見に行きました。

土日は観光客が多いから朝早めに行った方がよい、と聞かされたので、朝8時に寮を出発。学校から少し歩いて大通りに出て、タクシーに乗りました。10.5元ナリ。

15分くらいで都江堰景区の入り口に到着しました。まだ8時過ぎだと言うのに、観光客がワラワラ集結しています。ツアーも多い。

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入場料は大人一人90元。高いッ!!世界遺産だからってお高くとまってんじゃねーぞコラァ!!なんて吠える勇気もなし。真ん中のキリトリ線で切り離すと、右側がポストカードになるっぽいです。

中に入るとまず人だかりができているのが、世界遺産の石碑。記念写真スポットですね。

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見知らぬおっさんと子供が映りこんでますが、ここはなかなか人が絶えないので、仕方ありません。さぁ、こんなのはほっといてどんどん進みましょう。今度は「伏龍観」という建物に向かって歩きます。道の両脇に都江堰がらみの歴史的人物たちの石像が並んでいます。伏龍観に一番近いところに文翁がいました。漢代の政治家です。蜀(四川の古い名前ね)に学問を根付かせ、治水もやった偉い人。

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この向かいには例の諸葛亮もいました。写真は撮ってあげませんでした。

さて、この伏龍観から宝瓶口を臨むことができます。李冰は山を人工的に削って水の流れを作り、成都に水が流れるようにしたそうですが、その削ったところがこの宝瓶口。おかげで蜀の土地は肥え、秦は国力を蓄えることができ、後に始皇帝による天下統一が成ったと。つづく漢の高祖も蜀の国力を背景に項羽と天下を争うことができたと。その後も、群雄割拠になったとたんに地方政権や異民族国家が度々成立するのは、都江堰によってもたらされた蜀の国土の豊かさが大きな要因になっているのでしょう。

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この流れの奥側が宝瓶口。

次は「金剛堤」を延々歩いて「魚嘴」という砂洲にいたります。

今回はとりあえずこの辺で。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
漢字が読めねぇ
きんぴらごぼう
2010/04/23 01:09
そんなときは辞書を引きましょう
ムロヤ
2010/04/25 16:55

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